衆議院文部科学委員会4/23:赤池参考人 

「東京工業大学で学際大学院といいますか、生命理工学研究科で教授をやらせて
いただいています赤池です。

 同時に、昨年三月まで二年間は、信州大学大学院医学研究科臓器移植細胞工学
医科学専攻の教授も併任させていただきまして、いろいろとこの学際領域におけ
る学問の重要性、運営の重要性を痛感した者として、本日は、少しく時間をいた
だいて、お話ししたいと思います。一部分は時間の短縮のため書き置いた原稿を
読ませていただき、大事なところはまた一部お話で申し上げたいと思います。

 私は、過去二十五年にわたり、医学、生物学、特に工学の高分子科学の領域の
学際領域におきまして、分子科学あるいは分子生物学という共通性の高いサイエ
ンスをいわば共通言語として、悪戦苦闘しながら、新しい学問分野に確立すべく
努力してきた一介の研究者であります。新しい学問の分野の開拓、今日本が一番
必要なそういう独創性の高い科学技術や質の高さを評価することが、あるいは評
価されることがいかに難しいかということを実例を挙げながら申し上げて、ぜひ、
こういう評価評価の、教職員が疲弊するような評価漬けの、研究がチャレンジン
グに取り組めないような新しい法案をぜひ御一考いただきたい、こういうふうに
考えて、本日述べさせていただきます。

 私、最近でこそ人工臓器、再生医療、遺伝子治療等々のいわば花形の、バブル
化したような領域の基礎をなす分野として私の領域は、一部分ではありますがご
ざいますが、しかしながら、私が三十数年前、この領域の一番出発点に、東京女
子医科大学に工学部からドクターが終わってから入っていって悪戦苦闘したころ
の十数年の前半期は、本当に学問として認知されず、おまえは何をやっているん
だ、おまえの学者生命はおしまいだという、私、東大なんですが、東大の当時伝
統的な応用科学の分野の先生方からあるいは先輩から言われながら、一部の先生
に応援を受けながら、データを積み重ねながら新しい領域をつくってきた、そう
いうつもりであります。その後、幾つかの大学を転々といたしましたが、その都
度、余り評価されない中を、いつかはこういう領域が重要であろうと思いながら、
一部分の先輩教授あるいは学生の期待、励ましを支えにやってきたわけでありま
す。

 そういう経験からいたしますと、今日本が一番必要とされている、そういう新
しい、世界に冠たる独創的な領域で勝負をして、英知を、あるいは情報を発信し
なくてはいけない我が国の置かれている状況のもとで、今回出てきた法案は、余
りにも文部科学省サイドの管理や締めつけが行われ、一部に危惧される、独善的
な学長の突出を認めてしまうというような状況の中で、私の半生守り抜かれてき
ました学問の自由のよさ、あるいは大学の自治、いずれも憲法や教育基本法に保
障されているわけでありますが、こういう世界が一気に侵されていくのではない
か。

 実は私は、一九六九年、そこの鳩山さんと全く同一世代でございますが、いわ
ゆる学園紛争のころ数年間は、大学へ行っていても研究はやらずに、新しい社会
改革の一翼を何とかと、学生なりの気持ちで怒りをぶつけていたわけで、その後
は三十年余り、ひたすら新しい領域をつくろうということで沈潜しておりました
が、このたび、このような法案を見るにつけ、いろいろな先生方が非常に、まじ
めに考えれば考えるほど許せない法案であるというふうなことを聞くにつけて、
一肌脱がなくてはいけない、これで立ち上がらなければ男ではない、人間ではな
い、こういうふうな気持ちにもなって、本日登壇し、二十一世紀の個性と英知輝
く日本の大学づくり、私自身が、石先生の一橋大学でも十年間、学生の好評に博
して、東京工業大学と一橋大学の、いわゆる四大学構想以前に走っているような
プログラムをずっとフェース・ツー・フェースでやってきまして、二百人以上の
学生諸君の支持を受けてきた立場からいたしますと、十分我が国の大学の、もち
ろん改革するべき点は、先ほどございましたようにいっぱいあるんですが、大学
の学問の自由さ、ある程度の自治、こういうふうなことを保ちながら、情報発信
の基地、英知を磨く場として大学を生かすべきだ、こういう立場を持っています。

 さて、本日、限られた時間でありまして、私は評価の問題に話のフォーカスを
当てて、いかに評価型が、このような法案の前提になる評価型では危険で、我が
国が二流国、三流国になってしまうような大学運営になるんじゃないか、こうい
う心配をする立場で申し上げたいと思います。

 皆さん、最近のいい例を見ていただくとわかるんですが、田中耕一さんの名前
を、ノーベル化学賞のいわば下馬評として御存じだった方はいらっしゃいますで
しょうか。私も日本化学会に所属し、大変好奇心が旺盛で、いろいろな分野とか
け合わせをしたいと思っていながら、全く存じ上げませんでした。

 田中耕一氏は、東北大学の電気工学科を出られて、島津製作所に入られて、た
またま、いわば禄をはむ一環として、その中で、独創的な生体分子、生化学領域
における化学の分析機器、TOFMSというものの一番根本をなす手法を発見、
発明というよりは発見された方でありますが、私の身近な、多分、日本化学会長
もいずれの化学会の幹部の人も、この人の名前をその受賞決定時には存じ上げな
かったと思われます。異分野から入ってきて、このように突出したお仕事をなさ
れる方をしばしば我々は見失うわけであります。

 それから、我が東工大の恥をさらすようでありますが、同じく、三年前にノー
ベル化学賞をとられました白川英樹先生、この方も、お会いになった方はわかり
ますように、実に目立たない謙虚な研究者で、晴耕雨読が受賞の直前の、引退後
のプランだったと言われるような生き方をモットーとされておりますが、何と東
工大の助手時代に、もうノーベル賞の受賞内容である、ポリアセチレンが電気を
通す、プラスチックは絶縁体であるという常識を、エレクトロニクスと高分子合
成化学という彼の得意わざとをかけ合わす中から見つけてきたわけであります。
これも不覚にも我が東工大のいかなる教官も、多少の応援はした人もいると聞い
ておりますが、結局プロモーションには全くつながらなかったわけでありまして、
石もて追われるかのように筑波へ去られていったというわけであります。鳩山さ
んもそうかもしれませんが、東工大を助手のまま去られたわけであります。

 人間というのは、どのように光り輝くかということは他人がなかなか推しはか
れない、推しはかるように努力すべきではありますが、推しはかれないという面
がございます。したがって、そういう可能性の中から、我が国の人文科学から社
会科学、さらには自然科学、テクノロジーというのが結構、確かに組織立っては
余り強いという部分はないとか、あるいは知的財産の確立、特許という点では、
アメリカ等を筆頭とするアグレッシブな国々には負けそうである、負けていると
一部に言われていますが、そういう種を育てるような環境として、我が国の大学
制度というのは、改革すべきではあっても、その本質において間違っていたとは
思えない側面がたくさんあります。

 私自身も、将来、運がよければ私の代か次の代ぐらいにはノーベル賞がとれる
んじゃないかと。高分子化学の領域を、全く、生物化学や医学の領域の間を突く
というような仕事で、それを励みにやっていて、そして大学の学問は自由だとい
うことで、多くの先輩諸氏に、あるいは学生に応援されて生きてきた、こういう
わけであります。

 ついでに言わせていただきますと、福井謙一先生ですら、物理学が本当は得意
であって、そしてある先輩のというか、お父さんの御友人の京大教授に少年のこ
ろ相談に行ったら、物理が好きなら、これからは化学をやりなさいということを
言われて、入った結果、量子力学という物理の最前線の仕事を化学反応を理解す
るのに使うということで大成功をおさめ、しかしながら、初期はやはり、何をやっ
ているんだ、邪道であると言われたようにも聞いておるわけであります。

 かくのごとしに、日本をリードするような幾つかの研究、これは多分社会科学
や人文科学も当てはまると思いますが、将来、日本の代表的な顔になるべき研究
は、こういう日々の中から生まれる。文部科学省が管理して、評価を決めて、六
年間の中期目標をまず立ててやる。おたくが立ててきたものを踏まえてではある
けれども立ててやる。そして計画も立てなさい、それを評価してやる。これを軽々
しくやりますと、やはり国を滅ぼすもとになる、戦える武器をどんどんつぶして
いく可能性があるんだということを、ぜひ英明な皆さん方には御承知いただきた
い、そういうふうに思うわけであります。

 評価ということがいかに難しいか、そして評価の目ききということを育てる作
業は今後もますます重要であることは論をまちません。とりわけ異分野を越えて
スーパースター的に、評価、目ききをするということは大変重要であるわけです
が、残念ながらまだ不十分な現状にあって、このような法案で、一気にお上が民
を取り仕切るというような発想はぜひ捨てていただきたい、こんなふうに思いま
す。

 そのことは、この中期目標や中期計画の、許認可等でもう既に、私、こういう
場が与えられるということで、国会の衆議院の本会議の議事録を読ませていただ
きました。民主党の山口壯さんという議員の方が非常に的確に包括的にお話しに
なっているので、賛成派の自民党の先生方ももう一遍見ていただいて、ぜひ、あ
あこういう問題点があるのかと、改革は必要であるけれども今この路線でいった
ら危険であるということを確認していただきたいと思います。

 この点は、学長選挙についても同じことだ、こんなふうに思います。サダム・
フセインとは言いませんが、今のシステムでこのまま強引なケースを想定します
と、いろいろシミュレーションしてみたんですが、場合によるとお手盛りの人事
が進められ、社会的にコンセンサスがあるとはいえ、相当強引な方が強引な路線
で突っ走り、そしてあげくの果てに、戦前の大学のように、良心的な研究者や意
見を述べる人を追放するなんということになることを、少しだけですが私は恐れ
ています。

 議論は今ようやく沸騰しつつあるし、これから丁寧にじっくりと作戦を立てれ
ば、英知あふれた個性輝く大学として、日本が誇れり、そして世界に尊敬される
ような大学づくりは、今ようやく大学の先生方も危機感に目覚めた。そういう意
味では、このたび文部科学省がかたき役をとっていただいたと理解すると、大変
問題の多いたたき台を出していただいて、大学の先生をある点では、気づいてい
た人は私も含めて一生懸命それなりにいろいろな可能性を、対産業、対市民、対
予備校、対高校、対一橋大学、文科系理科系を超えてやらせていただいておりま
す。こういう仲間は少しではありますが徐々にふえているわけでありますから、
ぜひこういう機会に討論を深め、審議を深めて、非常に建設的な新しい大学案に
バージョンアップしていただければと思います。

 以上です。(拍手)」