T 釜石市の地域特性
U 釜石市の人口動態
V 福祉計画整備地区
W 在宅福祉制度
X ホームヘルプサービスの供給団体
Y 高齢者に対する福祉サービスの調整
まとめ ―釜石市の現状を踏まえて―
T 釜石市の地域特性
釜石市が町村の合併を繰り返し、現在のような行政区としてのまとまりに至ったのは1955年のことである。
「鉄と魚のまち」として知られる岩手県釜石市は、豊かな漁場を有する太平洋三陸沖に面した場所に位置し、周囲を山と海に囲まれた小さな平坦地に市街地を形成している。一つの市でありながら地理的な変化に富んでいるため、市内に住むひとびとが従事している産業に着目すると、それぞれの地域ごとに明らかな特徴がみられる。それは、主に沿岸地域では漁業、山村集落では農業および林業、市街地では第2次・第3次産業従事者というようにである*1。
(原文では釜石市地図を掲載)
「鉄と魚」の産業に関して特徴を簡単におさえておく。釜石市の漁業は、言うならば「漁村の漁業」と「漁港の漁業」という、近海・遠洋の両領域に渡っており、農業に比べて、はるかに重要な産業として位置付けられてきた。また、釜石鉱山は古くからその存在を知られており、古くから、南部藩士や明治政府によって製鉄業への発展に向けた事業着手がおこなわれていた。しかし、製鉄所としては経営難や設備上のトラブルなどから次々にその所有権が変わり、本格的に製鉄業としての発展をみせたのはおおよそ1900年以降のことである。その後、釜石市の鉄鋼業は、戦後の国内経済の高度成長期の波に乗るように活発な生産活動が展開され、1970年以降現在にいたるまで新日本製鉄(株)のもと、釜石市の主要な産業とされてきた。但し、オイルショック以降の経済不況や急激な円高傾向に伴う不況などの影響から、新日本製鉄(株)釜石製鉄所は現在までに大幅な生産体制の縮小を実施した。このため、近年において釜石市内における釜石製鉄所の雇用や景気への影響力は急速に減少したと言わざるをえない。
U 釜石市の人口動態
釜石市では戦後、鉄鋼産業・水産業などの活発化を契機に、20歳、30歳代という若い年齢層のひとびとを多く県内外から集めた。それに伴って釜石市の人口は急激な増加を見せ、国内経済の景気拡大にも助けられ1963年にはピークの92.123人にまで膨れあがった。その後、釜石製鉄所・釜石鉱山の合理化や関連企業の縮小、就職の場や高等教育機関への進学を求める若者の流出、出生数の低下などを主な原因とする人口の減少が続き、住民基本台帳によると1998年現在で、人口48.462人・世帯数18.209にまで減少している。世帯数は1966年の21.455世帯をピークに減少の一途をたどったものの、総人口の推移と比べればその減少率は緩やかなものとなっている。
(原文では人口動態グラフを掲載)
それは、人口減少の主要な原因が市外への一部世帯構成員の流出によるものであったり、核家族化の進行がみられることによる。そして、その結果として1世帯あたりの人数の減少という動向があらわれているのである。
次に、このような釜石市の人口や世帯の変化を高齢者の問題として捉えなおしてみる。釜石市全体に大きな影響を与えている産業構造の変化は、高齢者の生活にはどのような影響をもたらしているのだろうか。釜石市内の65歳以上の高齢者は住民基本台帳によると1997年に11.298人で、全人口に占める割合は23.0%となっている。これは総務庁の「人口推計」による全国の高齢化率が同年推計15.7%であるのに対して、厚生省国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」(1997年1月推計)によるところの2010年の高齢化率22.0%を上回る数字となっている。つまり、現在の釜石市全体での高齢化の状況は、十数年後に訪れる日本の高齢社会像としても捉えることができるのである。 また、高齢者世帯は8.183世帯あり、市全体の世帯数から見ると44.6%を占める。このうち高齢者の独居世帯は1.811世帯、夫婦のみ世帯は1.505世帯で、高齢者世帯に占める割合で比較すると、全国統計が17.4%と25.0%(1996年の厚生省の国民生活基礎調査による)であるのに対して、釜石市ではそれぞれ22.1%と18.4%(1997年の釜石市高齢化状況分析結果による)と、特徴のある数値を示している。このため釜石市では現在、特に独居高齢者への対応が急務とされており、限られた福祉資源のなかで、それだけ同居介護者のいる高齢者への対応が後回しになっているという現状は否めない。
|
高齢者世帯 |
うち独居世帯 |
うち夫婦世帯 |
全国 |
1359万世帯(31.0%) |
236万世帯(17.4%) |
340万世帯(25.0%) |
釜石市
|
8183世帯(44.6%)
|
1811世帯(22.1%)
|
1505世帯(18.4%)
|
V 福祉計画整備地区
前述の通り、そもそも釜石市は変化のある地理的環境によって、それぞれの地域ごとの主産業に特色ある差異が見られる。市はその地域特性を1993年度を始期とする「釜石市老人保健福祉計画」(1999年度が目標年度)に反映させることを意図し、「老人保健福祉計画整備地区」として市内を6つの区域に分けた。具体的には、都市部と一部水産業地区としての「釜石(かまいし)地区」・都市部としての「福祉エリア地区(拠点地区)」・都市的過疎地域旧村部としての「甲西(こうさい)地区」・ベットタウン的旧村部としての「鵜住居(うのすまい)地区(準拠点地区)」・農林業山間過疎地旧村部としての「栗橋(くりはし)地区」・伊達藩意識と農林水産旧村部としての「唐丹(とうに)地区」がそれらである。
(原文では福祉計画整備地区地図を掲載)
区分 |
栗橋地区 |
甲西地区 |
唐丹地区 |
福祉エリア |
釜石地区 |
鵜住居地区 |
釜石市計 |
地区人口
|
1,663
(3.4) |
2,183
(4.4) |
2,606
(5.3) |
17,349
(35.2) |
7,970
(16.3) |
7,970
(16.3) |
49,010
(100.0) |
高齢者数
|
491
(4.3) |
600
(5.3) |
622
(5.5) |
4,155
(36.8) |
3,895
(34.5) |
1,535
(13.6) |
11,298
(100.0) |
高齢化率
|
29.5
|
27.5
|
23.9
|
23.9
|
22.5
|
19.3
|
23.0
|
(資料:住民基本台帳人口 1997年10月1日現在)単位:人・%
この6つ地区別の1997年の高齢化率を見てみると、高い順に栗橋地区29.5%・甲西地区27.5%・唐丹地区23.9%・福祉エリア23.9%・釜石地区22.5%・鵜住居地区19.3%となっており、もっとも高い栗橋地区の29.5%ともっとも低い鵜住居地区の19.3%とでは、同じ釜石市内でありながら大きな格差が見られる。市は、それぞれの地区に設置されている福祉施設・社会教育施設・スポーツ施設等の既存の各種公共施設の有効利用を整備計画の柱として掲げ、そこにソフトサービス事業の展開を加えていく方針を打ち出している。
しかし、高齢化率が高い地区がそのまま高齢者人口そのものも高い、ということにはならない。むしろ「老人保健福祉計画整備地区」について見てみると、高齢化率と高齢者人口とは反比例する傾向にある。したがって、施設そのものをそれぞれの地域に確保するというよりは、施設を整えた福祉強化地区へ高齢者をいかに配分し、移動させるかというのが大きな課題となっている。それについて、現在考えられているのが上記地図に示した矢印である。具体的にはまず、福祉エリア地区・釜石地区とその他の地区とを連絡するための、専用バスの運行や既存のバス、鉄道などの交通ネットワークの充実を図ること。福祉エリア地区への交通のアクセスの弱い栗橋地区では、準拠点地区に位置づけられている鵜住居地区の施設との連携を図りつつ、地区の集会所を中心に各種の活動の展開をおこなうこと。さらに、福祉エリア地区へのアクセスがもっとも困難な唐丹地区では、地区の集会所を中心とした各種活動の展開や交通ネットワークの整備に加え、デイサービスセンターなどの地区内における保健福祉施設の整備も計画している。
ここで一つの例を挙げてみる。生活保護法により養老施設として1961年に開設した「五葉寮」は、老人福祉法の施行により1963年に養護老人ホームになり、1991年にはデイサービスセンター(C型*2)を併設した。現在、養護老人ホーム・ショートステイ・デイサービス事業をおこなっている。1997年現在、釜石市内でデイサービス事業の実施をしている施設はこの「五葉寮」と、特別養護老人ホームの「仙人の里」(B型*3)の2カ所である*4。
1997年4月1日現在の「五葉寮」でのデイサービス利用者は120名。一日あたり約24名の通所の高齢者を受け入れている。その利用者の住居地区を表に示してみると、デイサービスの専用バスの活用によって、一つの施設にかなり広範囲から高齢者が集められてきている様子がわかる。(町名の前に記した番号は、それぞれの老人保健福祉計画整備地区の番号に対応している)これは同時に、市内に2カ所しかないデイサービス施設の利用にあたって、曜日ごとに利用者の住居地区がある程度制限されているという状況を示してもいる。なかには、デイサービスのバスの乗降場まで家族が車で高齢者を送迎しているケースも見られる。今後、1999年度までにデイサービス施設は市内8カ所に増設の目標である。市内のデイサービス施設が増えることで、従来おこなわれてきた地区間での連携に加え、高齢者とその家族のニーズに、よりスムーズに対応できる体制づくりへの期待が持たれている。
| 曜日 | 登録者数 | 利用者町別人員 |
月
| 22
| @小川町2名 @上中島町1名 @桜木町1名 A中妻町2名
A八雲町4名 A大只越町2名 A天神町1名 D甲子町9名 |
火
| 24
| B鵜住居町15名 C橋野町9名
|
水
| 24
| @野田町4名 @小佐野町2名 @定内町2名 @上中島町2名 @住吉町1名 @新町6名 @源太沢1名 @礼ヶ口1名
A大渡町2名 B片岸町1名 D甲子町2名 |
木
| 24
| A嬉石町3名 A松原町1名 A港町4名 A只越町6名
A大町1名 B箱崎町5名 B両石町1名 B片岸町3名 |
金
| 26
| A大字平田12名 A大平町5名 A嬉石町5名 A浜町2名
B鵜住居町2名 |
| 計 | 120 | |
| 地区別計
| @福祉エリア地区23名 A釜石地区50名
B鵜住居地区27名 C栗橋地区9名 D甲西地区11名 |
(デイサービスセンター登録人員調べ 1997年4月1日現在)
W 在宅福祉制度
次に、具体的な市の制度面に焦点をあててみる。高い高齢化率と高齢者の独居率、世帯人数の減少という現実のなか、高齢者介護システムの確立が急がれる釜石市では、現在どのような福祉サービスがおこなわれているのだろうか。ここでは市の「在宅介護サービス」に焦点をあて、以下にその内容とともに明らかにする。
先に、項目だけを見てみると、@在宅老人給食サービス事業 Aひとり暮らし老人連絡員設置事業 B老人居室整備資金貸付 C老人日常生活用具給付 D老人福祉電話 E緊急通報装置 F在宅要援護老人等健康管理機器設置事業 G老人ホームヘルパー H移動入浴車 Iショートステイ Jデイサービス K在宅介護支援センター、という高齢者への在宅福祉サービスが現在用意されている。
「在宅老人給食サービス事業」は市内の3地区(甲子・中妻・鵜住居)において、在宅高齢者の健康維持と安否確認等を目的に昼食宅配サービスをおこなうものである。対象は上記3地区に住んでいる65歳以上のひとり暮らしの高齢者と高齢者夫婦世帯のうちサービスを希望する者*5で、サービスを受けるには地区の民生委員へ申し込むことになっている。1食あたり1人300円を支払い、甲子地区は週に1回、その他は月に1回、給食を受けることができる。1996年度の利用状況は3地区合計で、ひとり暮らしの高齢者129人、高齢者夫婦世帯36人、身体障害者2人となっている。調理はボランティアと地区の民生児童委員、ホームへルパーと企業からのボランティアとによってまかなわれており、また各家庭への配達は企業からのボランティアを含むボランティアの人々と社会協議福祉会の職員と民生児童委員によっておこなわれている。
「ひとり暮らし老人連絡員(シルバーサポーター)設置事業」は市内に住むおおむね65歳以上で、近くに親戚のいないひとり暮らしの高齢者を対象に、市より委託を受けた連絡員を派遣する*6というサービスである。シルバーサポーターは1日1回高齢者のお宅に訪問し安否の確認をし、個々の高齢者の相談に応じる。また市への定期連絡は月1回おこない、何かあった場合は随時連絡をとるようにしている。このサービスの希望者は、民生委員を通じて申し込むことになっており、派遣は無料でおこなわれる。ただ、過去3年間の利用状況を見ると、1993年度で4世帯、以降2世帯、3世帯と利用者は少ない。市としては、今後はシルバーサポーターに代わって、「シルバーメイト」というボランティア的な活動に、このサービスの提供を任せたい意向である。シルバーメイトとは元気な高齢者が中心となり、地域で高齢者グループを作ってそのなかで互いの安否の確認をし合うという活動である。1997年度には3地区(中妻・鵜住・甲子)でおこなわれていたこの活動も、1998年度には9地区に増える予定。
「高齢者等住宅改善事業補助金」は要援護高齢者*7及び重度身体障害者の自立と介護の負担軽減を図るため、住宅の改善に要する経費に対して、改善費用の3分の2に相当する補助金を100万円を限度に交付するというものである。新築、増築の場合は該当にならないなどの制限があるが、世帯の合計所得が2.000万円以下の場合は適用されるサービスなので、市民にとって利用機会の多いサービスと言える。
これに似たものに「老人居室整備資金貸付」があり、その内容は60歳以上の親族と同居、又はこれから同居しようとする、市内に1年以上住居している者が、その住居する住宅の老人専用部屋を整備したり、新たに増築や改築をおこなうさいに必要な費用を貸し付けるというサービスである。このサービスを受けるには資金の償還能力の認定が必要となる。貸付限度額は133万円で、6ヶ月の据置期間を経た後、5%の利率で返還し、償還期間は据置期間を含めた10年である。このサービスの利用は現在2件に留まっている。サービスの利用者が少ない理由としては、貸付をするさいの市による条件のチェックが厳しいこと(これまで一度も税金等の滞納がないこと、など)や、民間業者で借りる場合に比べてもこれといったメリットがないことなどが挙げられる。
「老人日常生活用具給付」は、おおむね65歳以上のねたきりの高齢者や痴呆による徘徊をする高齢者のいる家庭での生活や介護を容易にするために、日常生活用具の給付をおこなうサービスである。主な給付品目としては特殊寝台・マットレス・エアーパッド・火災警報器・徘徊探知器などがある。このサービスは該当世帯の課税状況に応じて、自己負担がかかるしくみになっている*8。
「老人福祉電話」と「緊急通報装置」はひとり暮らしの高齢者の孤独と不安をやわらげる対策として、それぞれ電話の無料設置(電話加入権を持っていないおおむね65歳以上の所得税が非課税の高齢者が対象)と緊急事態を協力員に知らせることができる通報装置の給付(所得による自己負担額は、脚注8に示した日常生活用具給付の場合と同様)をおこなうものである。1995年度のサービス利用状況は、福祉電話の貸与が42台で、緊急通報装置の貸与は13台となっている。緊急通報装置については、装置の給付を受けた高齢者が誤報によって協力員に迷惑をかけるのを恐れ、これまでほとんど活用されてこなかった。そこで、市は1996年より民間の安全センター株式会社に業務委託することにより、これまでのような高齢者側からの一方向のみの通報という形ではなく、会話機能の付いた装置を取り入れることによって、より利用価値の高いサービスを実現した。具体的には、利用者がペンダント型の無線機のボタンを押すと、その連絡はまず24時間体制の安全センターに入る。安全センターには女性の相談員と看護婦が常時待機しており、今度はそこから通報のあった利用者の自宅へ電話連絡を入れ、詳しい状況を確認する。その後状況に応じて、近所や親戚の家へ安否の確認要請の連絡を入れたり、直接医療機関へ通報し救助を要請するようなしくみになっている。このように、利用者と安全センターとの相方向のコミュニケーションを可能にしたことにより、利用者の安心感は高まり、緊急通報以外の用途(例えば、深夜の話し相手など、不安の解消)にも利用されるようになったのである。また、週に一度は利用者にボタンの「試し押し」をしてもらい、そこでさらに安心感と信頼感を維持してゆくという工夫もなされている。1997年度に31台給付されているこの装置は、さらに1998年度には50台になる見込みである。
「在宅要援護老人等健康管理通信機器設置事業」は、援護を必要とする高齢者等の住居に「健康管理通信機器・うらら」を設置し、そこから送られてくる毎日の血圧、心電図、脈拍等の結果をもとに、病院の医師や看護婦が健康管理の指導をおこなうサービス。1992年10月から開始されたこのサービスは、釜石ケーブルテレビの通信網とNTTの電話回線とを利用することによって、広域なサービスの提供を可能にしている。このシステムの利用者は1996年2月の時点で158台、294名にのぼっており、在宅医療への市民の関心の高さを示している。市の在宅福祉サービスとしては「うらら」の月々2.000円の利用料を一年間、代わって負担するというかたちでおこなわれ、1996年度の利用者は14名である。サービスの対象は市内に住んでいるおおむね65歳以上の寝たきりの高齢者、介護を要する痴呆のある高齢者及び虚弱高齢者とその同居家族となっており、所得制限はない。
「老人ホームヘルパー」は、身体上、または精神上の障害のため、日常生活を営むのに支障がある高齢者のいる家庭を訪問し、日常生活の世話をおこなうものである。それには、食事の介助・入浴の介助・身体の清拭・通院等の介助などの「身体の介護」、洗濯・掃除・調理・買い物の代行・関係機関との連絡などの「家事の援助」、その他、生活上の相談などが含まれている。このサービスの対象となるのは、老衰や病気などによって日常生活が困難な、おおむね65歳以上の高齢者がいる世帯や高齢夫婦世帯、ひとり暮らしの高齢者など。申請があった場合には市からコーディネーターなどが住居へ実態調査に出向き、実際のホームヘルププランを作成している。また、生計中心者が非課税の場合は無料で利用できるが、そうでなければ前年所得税課税額によって、手数料がかかることになる*9。
「移動入浴車」のサービスは、家庭での入浴が困難な、ねたきりの高齢者や重度身体障害者および、重度心身障害児に対しておこなわれ、専用の移動入浴車がそれぞれの自宅を訪問し、月に2〜3回程度入浴サービスを無料で提供するものである。1997年度には月々約70〜90名の利用があり、3台の入浴車と10人の公的ヘルパーによってまかなわれている*10。
「ショートステイ」とは、ねたきりや痴呆などの高齢者を介護している家庭が、冠婚葬祭、病気などによって、一時的に介護できない場合に、老人ホームにおいて短期間(原則として7日以内)高齢者の世話をするサービスである。その意味で、高齢者に対するサービスというよりも、高齢者を介護している家族員に対するサービスという色合いが濃い。受入施設への送迎は家族が行い、一日の利用料は1997年度で特別養護老人ホームの場合2.140円、養護老人ホームの場合1.650円となっている。ただし生活保護世帯の場合は無料である。
「デイサービス」はデイサービスセンターにて、入浴や食事、健康チェック、機能回復訓練などをおこなうことによって、利用者の孤独感を解消したり、心身機能の維持向上など、一日を楽しく過ごしてもらうというサービスである。対象になるのは、おおむね65歳以上の自宅で暮らしている高齢者で、デイサービスセンターと各自の家との間は専用のバスでの送迎をおこなっている。また、利用料は一回500円で、そのなかには入浴料や施設で出される昼食代やおやつ代も含まれている。前述の通り、1998年3月現在で釜石市において公的サービスとしてデイサービスをおこなっている施設は2つ、「仙人の里デイサービスセンター」と「五葉寮デイサービスセンター」である。2つの施設の1997年度の利用者実人員は216人。これらの利用者は約24人づつ、週に一回のデイサービスを受けている*11。「五葉寮デイサービスセンター」を利用している高齢者の約半数はひとり暮らしであり、デイサービスセンターが高齢者の交流の場として、精神的に大きな影響を与えているという現状が見えてくる。
「在宅介護支援センター」はその名の通り、高齢者の世話をしている家族から、介護をする上での悩みや相談を受け、介護の指導や助言、また介護用品の斡旋、公的サービスの申請手続の代行などをおこなう在宅介護のための総合窓口である。1998年2月現在釜石市にある在宅支援センターは一ヶ所*12。入院施設を備えた病院に併設された老人保健施設「はまゆりケアセンター」内にある。この「はまゆり在宅介護支援センター」は市からの委託を受け、指導員、看護婦、事務員の三者体制で業務にあたっている。現在指導員は一人だが、病院の夜勤職員と連携をとりながら24時間体制を可能にしており、電話相談・面接相談・訪問相談などのサービスを無料で提供している*13。実際の在宅介護支援センターへの相談内容は圧倒的に介護機器用品についてのものが多く、その次にショートステイや介護方法などについてとなっている*14。全体の相談件数の急増の背後には、高齢者介護の社会化に対する家族員の関心の高まりを伺うことができる。また、介護機器用品についての相談や問い合わせが特に多いという状況は、釜石市内で介護機器の取り扱いをしている業者がいないことを反映しており、また介護家庭にそれらの情報が入ってこないという現状を浮き彫りにするものである。これについて「はまゆり在宅介護支援センター」では仮の介護用品の展示場を設けるなどして、積極的に介護用品の紹介・斡旋窓口になることにより対応している。また、相談の経路として大部分を占めるのがやはり家族からである。ここでの特徴は、同居の家族というよりもむしろ離れて暮らしているがゆえに、何か高齢者の生活の助けになる方法についての情報を得たいと願う別居家族からの問い合わせが多いという点である。在宅介護支援センターはこのように高齢者が住む地域にある総合的な情報ステーションとして、その存在を望まれている。
X ホームヘルプサービスの供給団体
1996年度現在、釜石市のホームヘルプサービスは市の6名の公的ヘルパーと市からの委託を受けた社会福祉協議会の25名のヘルパーとによってまかなわれている。厳密には、社会福祉協議会のヘルパー25名のうち10名は看護婦4名を含む入浴車専用のヘルパーなので、実際に「ホームヘルパー」として身体介護にあたるのは、社会福祉協議会の15名のヘルパーと、市の6名の公的ヘルパーである。この21名のヘルパーによって、1〜2時間の間、高齢者宅に滞在して援助する「滞在型」と、30分の身体介護サービスを日に何回か繰り返しておこなう「巡回型」の24時間サービスとがおこなわれている。21名の雇用形態を見ると、17名がフルタイムで働く非常勤雇用者であり、4名がパートタイマーである*15。ちなみに市の雇用は2年契約、社会福祉協議会は1年契約となっている。1997年度のホームヘルプサービス利用者実人員は183人。これは同年の在宅の要介護高齢者(寝たきり高齢者・痴呆性高齢者)と虚弱高齢者とをあわせた要援護高齢者460人の39.8%にあたる(数字は「平成10年度老人保健福祉計画推進に係わる市町村ヒアリング資料」より)。
この他に、釜石市内には2つの住民参加型在宅福祉サービス団体がある。市全体を活動範囲とする「すずらんふれあいの会」と、地域を限定して活動をおこなっている「小川(こがわ)ふれあいの会」である。
「すずらんふれあいの会」の発足は1996年1月。釜石市内に住む5、6名の主婦を中心とした「生活学校」という婦人団体が、有償ボランティアをやりたいという意志のもと、市の理解と助成を受けてスタートした。活動内容としては、住居や庭の掃除、買い物、食事の用意、薬の受け取りなど、市や社会福祉協議会のヘルパーの「介護中心」の活動に比べ、やや「家事援助中心」。原則として、痴呆ではない65歳以上で独居か夫婦のみの世帯への援助に限定している。つまり、「すずらんふれあいの会」のホームヘルプサービスは、基本的に高齢者のみ世帯へのサービスであり、同居家族がいる場合には原則的に支援活動はおこなわない。組織として、活動会員の労働力のキャパシティとの兼ね合いを図りながら、より困っている高齢者から援助をするという姿勢をとっているのである。
組織は活動会員と利用会員とからなり、各々登録料としてはじめに1.500円を支払うことによって、「すずらんふれあいの会」の会員となる。利用会員が何らかの支援活動を受けた場合は、その都度、一時間あたり500円と交通費実質相当額を払い、また、活動会員が支援活動をした場合には、上記の定めによって受けた金額の10%を会に運営費として納めるしくみになっている。活動時間は一件あたり2時間を限度とし、土日と祝日とを除いた10:00〜16:00の間で、原則として一世帯に週一回、曜日を決めた支援活動をおこなっている。1998年1月末現在の会員数は活動会員94名、利用会員141名の合計235名である。しかし、これはあくまでも登録人数であって、実質的に支援活動をおこなっているのは15名ほどに留まっている。利用会員についても、そのうち一度でも支援サービスを受けたことがあるのは45〜6%の人々である。1996年の活動件数は延べ694件、1998年では827件と大幅に増加しており、利用会員については今後それぞれの加齢にしたがってニーズの高まりが予想されるので、新たな活動会員の開拓が急務である。
しかし、組織設立の経緯や社会福祉協議会内にその事務所を置いているという事実からも伺い知れるように、「すずらんふれあいの会」が名実ともに市民団体として、独自独立の運営をやっているとは言い難い。利用者の紹介ルートやサービス提供の範囲などにおいて社会福祉協議会との微妙な関係の元に成り立っているのが現状である。
このように活動範囲を「市内全域」としている「すずらんふれあいの会」の他に、さらに地域を限定して活動している団体がある。1997年12月1日に設立されたばかりの「小川ふれあいの会」は、小川地域福祉推進協議会が中心となって運営しており、小川地域各町内会会員および住民を援助の対象としている。このグループの特徴は、もともと「高齢化」への対応を目的として作られた組織であり、小川地域という限定された地域内において、支援する側もされる側も同じ地域の住民として「快適なまちづくり」を目指しているという点である。しかし、ここでも「特に独り暮らし高齢者」を対象としており、あくまでも「相互扶助・奉仕の精神」に基づく地域内のひとびとの助け合いを趣旨としている。
会は支援活動に従事する個人である「活動会員」、主として支援活動を受けようとする個人である「利用会員」、会の趣旨に賛同し、物心両面にわたり協力援助をおもなう団体・個人としての「賛助会員」という3種類の会員として登録したひとびとによって組織される。支援活動の内容としては、掃除・買物・簡単な大工仕事などの「家事援助」が中心で、その他、外出の介助や話し相手などをおこなっている。会への登録料は無料で、利用会員が1時間あたり400円の利用料を活動会員に支払い、活動会員はその10%を運営費として会に納入することになっている。会の運営はその活動会員が納入する運営費と小川地域福祉推進協議会からの補助金、賛助会員からの資金援助によって賄われている。
また、「小川ふれあいの会」にはかつての釜石製鉄所のOBとその妻たちが多く関わっていることも、その特徴のひとつである。というのも、小川地区には釜石製鉄所の社宅があった関係で、釜石製鉄所の元職員によって組織されている「鉄友会」とその婦人部のメンバーが多く参加しているのである。全国的な傾向として、このような住民参加型在宅福祉サービスに登録し活動しているのは、その大多数が主婦であるという現状と比較しても、かつて同じ企業に属しリタイアした後に、今度は同じ地域の住民として、地域活動に関わっていこうとしている企業OBの姿は、新たな高齢社会のありかたとして注目に値するものがある。
Y 高齢者に対する福祉サービスの調整
釜石市では高齢者へのサービス実施をおこなっている各機関間の連絡と調整のため、
1988年に「サービス調整チーム」を発足。さらに1996年から週一回のペースで「サービス調整検討会」という会議を開いている。この会合には高齢者担当の市の職員、在宅介護支援センターの指導員、市と社会福祉協議会それぞれの主任ヘルパー、保健婦などが出席し、現在それぞれが抱えている高齢者の状況について話し合い、よりよい対応を相談し決定する。この検討会が発足してから、各機関による連携がスムーズに進むようになった。例えば、在宅介護支援センターによせられた相談をもとに、当該高齢者の状況を会議の場で報告することによって、その場で利用者に必要な援助が迅速に決定される。この会議がうまく機能することで、各機関による対応の速度も早くなり、おのずから釜石市全体の高齢者への福祉サービスの質が向上することにつながる。
また、今後注目すべきところとしては、民間企業による福祉サービスへの参入が現実のものとなった後に、このサービス調整チームのメンバーにどのように民間企業の担当者を組み入れていくのかという点である。そのあたりが市としての新たな在宅福祉サービスの体制づくりの鍵になるであろう。
また、市では1994年から「要援護老人援助カルテ」というデータを作成しており、1998年の時点で約2.000件の高齢者の身体の状態、介護の状態、ADL(日常生活行動)状態*16、福祉サービスの利用状況などが入力されている。これによって、支援体制を含めた現状での高齢者の生活の状況が整理され、個々の高齢者への総合的な福祉サービス提供の資料となっている。このように個人についての全体的な福祉情報を市が統括して管理することによって、釜石市が現状の限られた資源をできる限り有効に活用しようとしている姿勢がうかがえる。
現時点ではまだ釜石市にはシルバー産業と言われる民間のサービスは入ってきていない。しかし公的介護保険の施行を目前にして、企業側の取り組みも熱心さを増している。ホームヘルパーの必要数と現状の供給数および体制を見てみると、今後早急に、市としての対応を検討しなければならないことは明らかである。公的介護保険制度の施行によって、ボランティア的な要素の強い「家事援助」と経済価値の高まる「身体介護」の二極化がおこるだろうと予想されているが、「身体介護」を専門的に担うだけの経験と資質を備えたマンパワーの確保を市としてどのように実現していくのかが大きな課題である。たとえシルバー産業の参入によって「身体介護」のマンパワーをまかなうにしても、個々の市民がどのような福祉サービスを受けているのかという個人のレベルでの情報の管理・サービス実施についての監督は、地方自治体の仕事として続けていかなくてはならない事柄である。その実現のためにも、現在進めている要援護高齢者についての情報化のシステムは、情報提供者としての民生委員や保健婦などとの連携を含めて、今後の大きな可能性になるに違いない。
まとめ ―釜石市の現状を踏まえて―
これまで見てきたように、釜石市の在宅福祉サービスは少ないマンパワーを補うようにさまざまな工夫がなされている。しかし、やはり絶対数においてその供給は充分とは言えない状況にある。例えばホームヘルパーサービスを見てみると、供給側のマンパワーの不足をサービスを受ける側の条件を制限するというかたちによって解消している場合がある。そもそもの高齢者の在宅福祉に対する考え方が、これまでの「日本型福祉」のまま、その家族によって家庭内で処理されるべきこととして扱われる限り、「同居家族の有無」による高齢者のサービス享受の制限はなくならない。行政として「在宅福祉」を推進することが、家族の手による高齢者介護を慫慂する「日本型福祉」とは異なったものであるということを証明するためにも、「同居家族の有無」による在宅福祉サービスを受ける権利の制限は破棄すべきである。
そして、在宅福祉サービスの享受を個人の「権利」としてそれぞれの高齢者が受け止めることができるようになるには、マンパワーの増強しかないのである。そのマンパワーの不足をボランティア的な活動を促進することでまかなおうとか、「向こう三軒両隣」的な地縁によって「介護の地域化」を確立しようとか、いわゆる血縁・地縁による高齢者介護をこの期におよんで奨励しようというのは、地方自治体の考えとしてはあってはならないものである。そのような「助け合いの精神」や「地域住民による草の根的な活動」は、地方自治体としての取り組みの枠の外で、自発的かつ自由におこなわれるべきものである*17。
また、「このままではいけない」という高齢社会への危機感に立ち向かうには、巨額を投じた施設建設を急ぐよりも、行政担当者や高齢者、地域住民自身の根本的な意識変革が必要である。もはや高齢者介護は、正式な労働として認められなくてはならないところに来ている。そして、それは女性問題や労働問題、家族問題とあわせて複合的に考えていかなくてはならない。いま、われわれが直面している高齢社会への取り組みは、企業社会のあり方やそれに大きく影響された男女それぞれの生き方を根本から問い直してこそ、実りのあるものにできるのである。
*1 後述のように、地域毎にかなりの高齢化率の違いが見られるのも事実である。それに伴って同居率や扶養意識がどのように異なっているのかという興味深い考察も、時期を改めておこないたい。
*2 (軽介護型)虚弱高齢者などを受け入れ、入浴・食事・動作訓練などのサービスを提供する施設
*3 (標準型)寝たきりの高齢者および虚弱高齢者などを受け入れ、基本事業では1日あたり15人以上を受け入れ、入浴・食事・動作訓練などのサービスを提供する施設。
*4 1998年4月には甲西地区・釜石地区に新たにデイサービスを行う施設が1カ所ずつ設立され、合計4カ所になった。
*5 サービスを受けるさいの所得制限などは設けられていない。
*6 市はこの連絡員に対して、月額4.000円を支払っている。(1997年度)
*7 要介護高齢者(寝たきり高齢者・痴呆性高齢者)と虚弱高齢者とをあわせた高齢者を要援護高齢者とする。
*8 具体的な利用者負担額は次の表のようになっている。(釜石市老人日常生活用具給付事業実施要綱)
利用者世帯の階層区分 |
利用者負担額 |
生活保護法による被保護世帯(単給世帯を含む) |
0円 |
生計中心者が前年所得税非課税世帯 |
0円 |
生計中心者の前年所得税課税年額が10,000円以下の世帯 |
16,300円 |
生計中心者の前年所得税課税年額が10,001円以上30,000円以下の世帯 |
28,400円 |
生計中心者の前年所得税課税年額が30,001円以上80,000円以下の世帯 |
42,800円 |
生計中心者の前年所得税課税年額が80,001円以上140,000円以下の世帯 |
52,400円 |
生計中心者の前年所得税課税年額が140,001円以上の世帯
|
全額
|
*9 具体的な手数料は次の表のようになっている。(釜石市家庭奉仕員派遣手数料条例)
派遣世帯の所得税額 |
手数料 |
10,000円以下 |
派遣時間1時間までごとに250円 |
10,001円以上30,000円以下 |
派遣時間1時間までごとに400円 |
30,001円以上80,000円以下 |
派遣時間1時間までごとに650円 |
80,001円以上140,000円以下 |
派遣時間1時間までごとに850円 |
140,001円以上
|
派遣時間1時間までごとに930円
|
*10 サービスを受けるさいの所得制限はない。
*11 市のおこなうデイサービス事業の他に、医療法人が経営している老人保健施設などでも、デイケアは行われている。例えば「はまゆりケアセンター」では、昼食代500円、おやつ代100円、その他雑費60円、さらに入浴料として自力の場合150円、介助が必要な場合300円の計810〜960円が必要となる。
*12 1998年4月には釜石地区に、新たに「あいぜんの里」という特別養護老人ホーム・ショートステイ・デイサービスの総合施設が開設され、そのなかに在宅介護支援センターも設立される。
*13 実際には、主に「相談業務」という役割を担っている在宅介護支援センターには、夜間の問い合わせはほとんどない。
*14 具体的な相談内容別件数はこのようになっている。(「社会福祉の概況」釜石市福祉事務所)
|
1994年度 |
1995年度 |
1996年度 |
ショートステイについて |
111 |
120 |
128 |
ホームヘルパーの派遣について |
9 |
21 |
25 |
移動入浴車の派遣について |
27 |
14 |
27 |
日常生活用具給付について |
30 |
17 |
30 |
その他老人福祉関係制度について |
4 |
1 |
1 |
身体障害者関係制度について |
20 |
4 |
1 |
老人保健施設利用について |
22 |
27 |
31 |
医療機関利用について |
4 |
16 |
6 |
老人ホーム入所(長期)について |
8 |
9 |
6 |
デイサービスの利用について |
9 |
20 |
5 |
訪問看護ステーション利用について |
29 |
16 |
6 |
他機関への斡旋・紹介について |
4 |
0 |
1 |
介護方法などについて |
15 |
30 |
43 |
介護機器用品について |
251 |
374 |
572 |
その他 |
251 |
301 |
235 |
合計
|
794
|
970
|
1117
|
*15 入浴車の専属ヘルパーもフルタイムで働く非常勤雇用者である。
*16 移動・食事・入浴・排泄・着脱衣・整容・意志・外出という8項目について、本人の自立の状態をチェックしている。
*17 それらの精神を支援するという意味合いでの公的・私的機関からの「資金援助」等はもちろん奨励されるべきものと考える。