山口大学大学院医学系研究科整形外科学 HOME
整形外科 教育・研修 業績紹介 患者の皆様へ
研究の歴史 現在の研究プロジェクト 著書・論文業績 手術件数 大学院
         
研究の歴史
  history      
         
       
  研究の歴史  
 
   
   研究の歴史
 
 
   伊藤鐡夫教授時代には昭和20年代における発生疾病の特徴である骨関節結核、股関節外科、脳性麻痺などを主体に、脊椎外科、末梢神経、筋疾患などに多くの業績をあげた。特に、非脱出性椎間板障害(Disclesion without Protrusion)の概念の導入、難治例への脊椎固定術などに業績をあげた。また、股関節結核の多数の手術症例の経験は、後日に人工関節手術に進展して、股関節外科学の確立の基盤となった。昭和26年春には九大教授に就任された天児先生の提唱で、山口大学の参加により西日本整形災害外科集談会が始まった。
   服部奬教授時代には、脊柱管狭窄を基盤とした頚椎症性脊髄症に対する治療方法として、後方進入による頚椎椎管拡大術が考案された。従来の椎弓切除術の有する術後不安定性の発生や瘢痕組織による再絞扼の出現に対する危惧を、surgical airtome を利用して椎弓を菲薄にした後にZ状に切離して挙上し縫合することにより脊柱管を拡大することで解消した画期的術式であり、以来多くの類似した術式が報告され、椎弓形成術として世界的にも注目される日本のオリジナルな術式の開祖となった。腰椎においても恩師である京都大学近藤鋭矢名誉教授が考案された腰椎部における骨形成的椎弓切除術を腰部脊柱管狭窄症に応用し、腰椎椎管拡大術として新たな術式を開発するなど、多くの業績をあげ、我が国における脊椎外科の指導的地位を確立した。日本脊椎外科研究会の設立に寄与し、第5回研究会の会長となった。また西日本脊椎研究会をも創設し、事務局を本学に設置し、本学を中国・四国・九州地区における脊椎外科の拠点とした。さらに国際整形外科学会、国際頚椎研究会、国際腰椎学会、西太平洋整形外科学会などの会員として、国際的にも大いに活躍した。
   河合伸也教授は、医学部附属病院理学療法部部長、手術部部長を兼任し、平成5年からは医学部附属病院院長として、医学部の発展に貢献した。また平成10年からは山口大学学長補佐、平成15年から山口大学学長特別補佐を兼任し、山口大学全体の発展にも貢献した。  臨床、研究では、各自の自主性を重んじた研究を、のびのびと自由にできるようにし、専門の脊椎脊髄外科にとどまらず、手の外科、関節外科など多くの優秀な整形外科医を輩出した。就任当時から『結束と進歩、そして創造を』をスローガンにおいて、医局員、同門会の一丸となったチームワークは、他科からも高く評価を受けた。治療においても頸椎椎管拡大術や腰椎椎管拡大術はさらに手術症例数を重ねるとともにInstrument surgeryやMicrosurgeryの手技を積極的に応用し、より手術成績の向上に努めた。また教室員の増加にともない関節外科、Microsurgeryの導入による手の外科、腕神経叢損傷をはじめとした末梢神経損傷に対する機能再建、骨・軟部腫瘍、足の外科、肩関節外科、スポーツ外傷やリハビリテーションなど、整形外科全般にわたる広範な領域における研究業績がなされた。学会活動では、日本整形外科学会を中心に、整形外科移植問題等検討委員会委員長や骨粗繋症検討委員会担当理事をはじめ多くの委員長を歴任し、平成9年から日本整形外科学会の副理事長、平成16年6月からは日本脊椎脊髄病学会理事長に就任し、整形外科学会全体の指導的立場からさまざまな発展に寄与した。また世界的には、2000年から始まった世界的運動である「運動器の10年」の日本代表として平成14年から活躍している。
   田口敏彦教授は、平成16年8月から整形外科の第4代教授として就任した。服部名誉教授、河合前教授に引き続き、山口大学での豊富な脊椎・脊髄疾患の治療実績をもとに、さらなる臨床成績の向上を目指している。またトロント大学ウエズリー病院でDr.Macnabのもとで脊椎外科、パリ大学ピチエ病院では、Dr. RoyCommileのもとで外傷外科と外国での臨床経験を加えて、脊権外科、骨盤骨折を専門とし、整形外科全般に臨床活動を拡大している。研究面では、脊髄再生および脊椎・脊髄バイオメカニクス中心とした研究を精力的に押し進めている。『結束と進歩、そして創造を』の合言葉に、リサーチマインドとマスターマインドをもった臨床活動を基本に掲げている。診療班は脊椎班、関節班、腫瘍班、手の外科班、骨代謝班、小児整形班の各診療班が明確な目標をもち互いに協力、切磋琢磨している。


 

   
   
   
 
山口大学大学院医学系研究科整形外科学