双曲型熱伝導方程式の導出

 

解説: 福代和宏

(updated: December 1, 2010)

 

1. 従来の放物型熱伝導方程式の導出


内部発熱のないコントロールボリューム内の熱バランスは次式で表される:

 

              (1)

 
また,フーリエの法則と呼ばれる,従来の熱伝導 の基本法則は次式で表される:

 

                                       (2)

 

(2)を式(1)に代入す ることによって,次式が得られる:

 

                                    (3)

 

これが従来の放物型熱伝導方程式(Parabolic Heat Conduction Equation)である。


 

2. フーリエの法則の問題点


フーリエの法則すなわち式
(2)は時間項 を含まないことからわかるように,熱流が発生している微小領域が定常状態になっていることを前提とした方程式である。いわば,熱勾配が変化すれば一瞬にし て(無限大のスピードで)その情報が微小領域内に広がり,熱勾配に比例した熱流が起こるというわけである。


しかし実際には,例えば金属内部では伝導電子が移動して熱を伝えるわけであり,温度や熱勾配といった熱の情報が伝わるには時間がかかる。この時間を「分子論的熱緩和時間」という。フーリエの法則は「分子論的熱緩和時間」を無視しているがそれで大丈夫だろうか?一般には(工学的には)大丈夫だとみなされてい る。


(2)を基にしてできた,放物型熱伝導方程式(3)は時間項 および温度伝導率という有限の値を係数として含んでいる。これらのおかげで温度変化はわりと緩慢なものとなり,先ほど述べたような式(2)の本質的 な問題は発覚しない。実際,数多くの工学的現象には式(3)が使われ,支障ない結果が得られている。


しかし,本当にそれでいいのかと気に病む人もいる。たとえば,ガウシア ン・パルス
(Gaussian pulse)という瞬間的な点熱源に関する熱伝導の問題がある。一様な温度0の無限に広がる3次元空間を考える。その空間の原点に強さQの点熱源が発 生した場合の時刻tにおける温度分布を求めるという問題である。いま述べたような初期条 件・境界条件のもと,式(3)から分布式を求めると以下の式が得られる:

 

            (4)

 
この式が示すのは,どんなに点熱源から離れていようと,(たとえ微小であっても)温度変化が起きるということである。言い換えれば,温度の情報が無限大のスピードで伝わるということである。


そんなことを悩む必要は無いという者も多いと思われるが,例えば,高出力のレーザーで非常に熱伝導性の良い材料を加工する場合,式
(3)から導かれる結果と実際との間で乖離が生じる可能性はないだろうか?



3. 双曲型熱伝導方程式へ


フーリエの法則による問題を懸念する人々は新たな熱伝導方程式を考え始 めた。
MorseFeshbach [2], Cattaneo [3], Vernotte [4], Chester [5]らは式(3)に代えて,Maxwellの方程式に似た熱伝導方程式を提案した:

 

                                (5)

 

これが双曲型熱伝導方程式(Hyperbolic Heat Conduction Equation),通称HHCEである。ここで登場したCとい う変数は温度伝搬速度(speed of heat propagation)も しくは第二音速(speed of second sound)と呼ばれるものであり,ようするに温度情報の伝搬速度である。

 

  では,フーリ エの法則はどうなったかというと,次のように書き換えられた:

 

                          (6)

 

  ここで文献[6]を参考 に,式(1)と式(6)によって双曲型熱伝導方程式を導出してみる。


まず,式(6)の勾配を求める:

 

               (7)

 

  また,式(1)を時間で 偏微分し,をかけ る:

 

                              (8)

 

  式(1)と式(8)を足すと次式が得られる:

 

      (9)

 

(9)に式(7)を代入し,を含む項を消去して整理すると:

 

 

すなわち,

 

                                 (10)

 

(10)と式(5)の比較からという関係が得られる。



4. さらなる改良へ

 

このようにし て双曲型熱伝導方程式: HHCEなるものが得られたわけだが,これはこれで様々な批判にさらされた。その批判の内容と,AliZhangによるさらなる改良については稿を改めて紹介する。


−>「相 対論的熱伝導方程式 (Relativistic Heat Conduction Equation)の導出」へ




 

記号表 


: 温 度伝搬速度または第二音速

: 比 熱

: 熱 伝導率

: 点 熱源の強度

: 熱 流束ベクトル

: 時 間

: 温 度伝導率=

: 温 度

: 密 度

: 分 子論的熱緩和時間

: 勾 配

: ナ ブラ

 : 内 積




参考文献

[1] 川下研介『熱伝導論』(オーム社, 1966年), pp. 44 – 46

[2] P. M. Morse, H. Feshbach, Method of Theoretical Physics, McGraw-Hill, New York, 1953

[3] C. R. Cattaneo: Suruneforme del'équation de la chaleur éliminant le paradoxe d'une propagation instantanée, Compte. Rend. 247 (4) (1958), pp. 431 – 433

[4] P. Vernotte: Les paradoxes de la theorie continue de l'équation de la chaleur, Compte. Rend. 246 (22) (1958), pp. 3154 – 3155

[5] M. Chester: Second sound in solid, Phys. Rev. 131 (15) (1963), pp. 2013 – 2015

[6] Y. M. Ali, L. C. Zhang: Relativistic heat conduction, Int. J. Heat and Mass Transfer, 48 (2005), pp. 2397 – 2406



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