食品の乾燥と分離

 わたしたちの研究室は化学工学分野の「移動現象」の教育研究のために創設されました。「移動現象」とは運動量、エネルギー、物質の移動機構を統一的に扱う学問です。現在は、「移動現象」の他に,「プロセス設計」,「情報処理」などの講義と演習を担当しています。研究も移動現象を基にした工学的な課題をとりあげています。しかしながら食品工学では品質は非常に重要な因子であるので高品質な食品を経済的に製造することを念頭において研究をしています。研究内容は大別すると題目にあるように「食品の分離と乾燥」で、分離については吸着・クロマトグラフィー(超臨界流体を含む)を、乾燥については熱風対流乾燥を扱っています。食品乾燥についてはオランダのアイントホーヘン工科大学と、クロマトグラフィー分離についてはオーストリア農科大学と国際共同研究を行っています。最近は食品産業廃液のクロマトグラフィー分離による資源化や生ゴミの乾燥による減量と安定化についての研究にも(九州工業大学白井義人研究室と共同して)力をいれています。

 吸着・クロマトグラフィーについては分離性能の推定と分離プロセスの設計あるいは最適化が可能になるモデルシミュレーションを開発してきました。医薬品のように高価な製品を少量生産する場合には、私たちのモデルもうまく活用されています。食品においては大量生産と経済性が重要ですので、さらに厳しいモデルシミュレーションと新しい分離方法についての検討も行っています。食品分離に利用できる溶媒は水・エタノールのように限定されます。そこで超臨界二酸化炭素の分離溶媒としての可能性についても調査しています。さらに食品廃棄物の発酵生産物からの有機酸(乳酸)吸着分離回収についても検討しているところです。

 乾燥は食品工業では大規模に実施されていますが、乾燥機構と品質劣化(あるいは安定化)機構さらには製品保存時の劣化機構はよくわかっていないのが現状です。現在まで液状食品(主として糖質)の乾燥機構と乾燥時の品質(香りと酵素)変化機構を実験と理論により解析しています。さらにゲル状食品における物質移動機構とレオロジー特性についての実験的検討も行っています。これらは乾燥のみならずゲル状食品の安定性についての重要な情報を与えてくれると期待しています。食品は栄養を摂取するためのみでなく、味わうという感性を刺激する重要な役割を持っています。このため食品の粘度や弾性などレオロジー特性を明らかにすることが重要です。またレオロジー特性は上述の乾燥をはじめとする食品製造プロセスにおいても重要な操作因子となります。現在はさまざまな糖やゲル状食品のレオロジー特性を測定するとともに物質移動特性との関係について検討しています。

 上述したように医薬品クロマトグラフィー分離では私たちのモデルが有効に使用されています。食品分離にも特に超臨界流体クロマトを含めて適用したいと考えています。食品乾燥については品質向上(改善)のための乾燥条件設定指針について研究結果が役立っていると思います。また、圧力を制御した乾燥操作による多孔性食品の製造についての研究を開始しています。さらにゲル状食品の物質移動機構の解析からは安定で美味な食品製造プロセスへの応用が期待できると考えています。食品廃液のクロマト分離による資源化や生ゴミの乾燥による減量と安定化についての研究も力をいれています。

 

 
食品の乾燥と分離 

  ♪♪食品の乾燥機構と乾燥時の品質変化 ♭♯ 食品の吸着分離  ♪♪
 
山口大学工学部 応用化学工学科    山口県宇部市常盤台(〒755-8611) tel: 0836-35-9111 fax:0836-35-9933
プロセス設計工学研究室   教授  山本 修一
 
 わたしたちの研究室では拡散が重要な役割を果たす乾燥、吸着、クロマトグラフィーなどの分離プロセスについての実験および理論的研究を行なっています。拡散とは物質が濃度差により移動することで、われわれの周辺では日常的に観察される現象です。食品乾燥についてはオランダのアイントホーヘン工科大学(TUE, Eindhoven, the Netehrlands)と、クロマトグラフィー分離についてはオーストリア農科大学(IAM, Vienna, Austria)と国際共同研究を行っています。最近は食品産業廃液のクロマトグラフィー分離による資源化や生ゴミの乾燥による減量と安定化についての研究にも力をいれています。

 
吸着あるいはクロマトグラフィーによる食品分離および食品廃液からの分離による資源化

 食品/医薬品工業において分離はたいへんに重要なプロセスです。オリゴ糖、タンパク質、アミノ酸、高度不飽和脂肪酸などは機能性食品としてわれわれの健康維持に寄与していると考えられています。クロマトグラフィーはこのような機能性食品の重要な分離手法です(左下図)。この方法の分離原理は、目的物質と充填剤(あるいは充填剤に導入された官能基)の親和性ですが、充填剤内部での拡散現象が分離性能を支配しています。親和性として抗原抗体免疫反応のような生物特異的親和性を利用するクロマトグラフィーをはじめとして、機能性膜や機能性高分子を利用した吸着充填剤の解析やプロセス最適化手法の開発を行っています。私たちのモデルを活用して大規模分離プロセスの運転に成功した例も米国の製薬会社で報告されています。

 

 不要成分の除去あるいは目的成分の濃縮回収も重要な操作です。この場合は精密分離は必要とされず高粘性あるいは不溶性粒子を含む溶液を大量かつ迅速に処理できることが重要なので固定層以外の混合槽や流動層が有望であると考えられています。
 右上の図は膜と吸着剤を利用した操作の概念図です。この方式では連続操作も可能ですが吸着剤と膜の選定、膜透過流束、吸着量などの調節が必要となります。

 流動層はふつうは層内を一様に混合するように操作されますが、逆に混合の小さい流動層を作ることにより固定層吸着操作と同様な利用が可能となります。下図はこのような混合の小さい流動層(expanded bed) による吸着分離操作の概念図です。高さZ0の固定層(沈降層)は下からの流体流れにより高さZまで膨張し、その後一定になります。この状態では空隙の大きい固定層とみなすことができるようになり、不溶性粒子を含む溶液あるいは高粘性溶液も吸着処理できるようなになります。現在、この方法の基礎的データの収集とモデル解析を行っているところです。

 

右図は乳酸の流動層分離実験結果をしめしていますが酵母存在下でも固定層と同等な吸着性能が得られています。

 食品は機能性食品(特定健康食品)でもタンパク質医薬品のように高価ではないので分離プロセスの経済性は非常に重要となります。一般にクロマトグラフィーは(1)高い装置コスト、(2)低い生産性の2つの理由で安価な製品の製造には向かないと考えられています。装置コスト(ポンプ、バルブ・カラム・配管材料、検出・制御装置など)の査定は難しいのですが生産性については必ずしも正しく評価されていないのが現状です。正確なモデルシミュレーションが可能になると厳密なコスト計算や装置の適切な選定も容易となります。
 

 食品産業は環境に対する負荷が高いと指摘されていますが食品産業廃液は資源化可能な成分を多く含み、吸着・クロマトグラフィー操作により廃液を資源化することは循環型社会の構築のためには重要です。この場合は経済性が更に厳しくなるとともに廃液の性質が一定ではないことからプロセスの頑強性が要求されます。食品廃液から発酵生産した有機酸のイオン交換クロマト分離プロセスを検討しています。通常のプロセスではカラムの洗浄再生に大量のNaOHや水が必要になりますが、5カラム体積程度まで減らすプロセスを考案しました。現在はさらに大幅なNaOH量の減少を目指しています。

超臨界流体の食品分離操作への応用

 超臨界流体は、気体と液体の中間の性質を持つ特異な流体であり、その特徴を利用すると熱により劣化しやすい食品およびバイオ生産物の高性能分離手法になると考えられています。超臨界流体クロマトグラフィーについて、高度不飽和脂肪酸などのモデル物質について実験および結果を解析しています。圧力を時間とともに変化させる操作についても計算により実験データを推定できることを明らかにしました。今後は、プロセスとしての利点を計算により明確にしたいと考えています。

液状およびゲル状食品乾燥機構と乾燥時の品質変化

 熱により劣化しやすい食品の品質・機能を保持したまま乾燥により脱水し、長期安定性に優れた製品を作りだすことはたいへん重要です。一方生ゴミの資源化は現在急務の課題であり、乾燥による減量と安定化の基礎技術が必要となっています。このように現在の食生活および世界の食糧供給体制と環境問題を考えると乾燥はますます重要なプロセスとなると思われます。乾燥時の品質変化についての理論的解析は未だに十分ではありません。

私たちは、主として酵素活性に着目して液状食品(糖質、ゼラチン、プルランなど)の乾燥挙動と乾燥時の酵素活性保持について実験的検討を行っています。適切な乾燥条件の設定によりほとんど活性が変化することなく乾燥固形化することができること、低水分環境下では酵素は溶液中にくらべて何千〜何万倍も安定化することを見いだしました。また、このような安定化効果を計算機により推定できることも示しました。同時に、安定化効果は安定化剤として添加する物質により大きく異なることがわかってきました。現在、水分活性やガラス転移などの水分の存在状態を反映する値と安定化効果との関係について検討しています。

 

 

乾燥食品の香りの保持
 食品の香りはたいへん重要な品質であることは言うまでもありません。乾燥における香り(芳香)成分の散逸機構は選択拡散モデルで説明できると考えられています(図7)。糖溶液などを乾燥させると図5の効率乾燥期間終了後には乾燥食品表面に皮膜( skin)が形成されます(実際は不連続な皮膜ではなく乾燥された濃厚な溶液)。この皮膜の水の透過はたいへん遅く、その結果、乾燥速度も著しく低下しますが、水より大きい分子(ほとんどの香り成分)はこの皮膜を透過できなくなります。したがって、いったん皮膜が形成されると香りは閉じ込め(封じ込め)られます。皮膜が早く形成されると香りの保持が良くなると予想されますが、このことは実験と計算のどちらからも明らかになっています。  

 たとえばショ糖とマルトデキストリン(デンプン加水分解物で比較的分子量が大きい)を比べるとマルトデキストリンのほうがはるかに高い香り保持率を与えます(図8参照)


 
比較のために熱に弱い物質(酵素)の保持機構を考えてみます。皮膜形成までは湿球温度を保つので比較的低温であり酵素活性は保持されます(図8)。皮膜が形成されると乾燥速度が低下し熱風温度は食品材料温度の上昇に使用されます。温度上昇とともに酵素が失活しますが、水分濃度の低下による安定化があるので単純な温度のみで考えるよりはずっと安定です。うまく操作すれば香と酵素活性の両方を保持した乾燥食品も製造できることになります。香りを積極的に閉じ込める工夫はまだまだ可能性があると考えています。

  また、ゲル化した糖溶液についての乾燥速度を調べてみると寒天1-5%ショ糖溶液ゲルの乾燥速度はほぼ同一でした。このことはゲルよりは糖溶液の性質により乾燥過程が支配されていることを意味しています。レオロジー的に言うとふつうの粘度計で測定される粘度が物質移動を支配するのではなく、ゲルネットワーク内の溶液の粘度が支配しているということになります。
 

【参考文献】

"バイオ生産物の分離・精製",4, 講談社(1988)

"乾燥時の酵素失活:酵素熱安定性と水分濃度の関係", New Food Industry, vol.36, pp.71-87(1994)

"液状食品の乾燥および乾燥時の品質変化", 食品と開発、 vol.31, No.12, pp.28-31(1996)

"超臨界流体によるクロマトグラフィー分離", 日本高圧力学会誌、vol.5,(1996).

"食品分離技術の新しい流れ”, 化学装置, vol.40, No.3, pp.46-51(1998)

"イオン交換クロマトグラフィーにおける分子認識--より精密で効率
良い分離方法の開発--バイオサイエンスとインダストリー, 57, 6, 383-386 (1999)

吸着・クロマトグラフィーによる食品分離, 食品工業, .42, 8,18-29 (1999)

 

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